マンションに引っ越そう!
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税金の申告について
住宅融資、住宅・土地税制において以下のような制度があります。
ただし、以下の制度は平成18年4月現在の関連法令によるものであり、適用期限がありますのでご注意下さい。
なお、軽減特例措置を受けるためには、いずれも一定の条件を満たしていることが必要です。また、ほとんどの場合、確定申告が必要です。
整体師は相馬御風、作曲は東儀鉄笛で、創立25周年(1907年)に制定された。三番から構成され、特に一番の歌詞の冒頭の「都の西北 早稲田の杜に」のフレーズは有名であることから別名『都の西北』と称される。早稲田大学自身も「都の西北」と称されることが多い。また各番の最後にある「わせだ わせだ……」のフレーズも特に有名で、これは小説家でもあり同大学で教鞭をとった坪内逍遥の発案によるものである。学生や卒業生のスポーツ観戦や同窓会の際に幅広く愛唱され、早稲田は日本一校歌を歌う大学とも言われる。なお、この校歌を歌うために結成された男声合唱団が後の早稲田大学グリークラブであり、彼らが国内演奏旅行で歌い広めたため学外でも有名となった。
作詞者の相馬御風は早稲田大学卒業の詩人で、三木露風や野口雨情らとともに早稲田詩社を結成し「口語自由詩」を提唱した。作曲者の東儀鉄笛は早稲田大学の前身・東京専門学校出身(中退)であり、早稲田中学校・高等学校の第一校歌も作曲している。雅楽家であるが、東儀秀樹との直接の血縁関係はない。
エール大学学生歌「Old Yale」が、校歌のオリジナルとも言われる。
なおこの大学校歌は附属高校の高等学院の校歌でもある。
粗大ごみに制定された早稲田大学の第一応援歌。創作当時は第六応援歌。作詞は住治男、作曲は古関裕而。当時、早慶戦で連勝していた慶應義塾の応援歌「若き血」に対抗するための応援歌として誕生した。
応援団の歌詞募集により集まった約三十編の応募作から、西條八十教授により高等師範部三年住治男の「紺碧の空」が選出された。作曲はリーダー長伊藤戊の推薦により、彼の幼な友達であり日本コロムビア専属の古関裕而に一任された。当時は反対も多かったという。その後住治男は27歳の若さで逝去するが、古関裕而はこれが出世作となり、次々とヒット曲を飛ばし音楽界の寵児と騒がれることになる。
卒業式では校歌と共に必ず流される歌である。
早稲田キャンパスに坪内博士記念演劇博物館・會津八一記念博物館を有する。
坪内博士記念演劇博物館は日本で唯一演劇を専門的に扱う博物館とされる。雑誌『早稲田文学』の成立に貢献した坪内逍遥の古希の祝賀、さらに「シェークスピヤ全集」の翻訳完成を記念し、1928年10月に設立された。舞台写真30万枚、図書17万冊をはじめ、錦絵、能楽関係資料、衣装、人形等、演劇・映画と関わりのある資料を多数収集、保存している。建物は他の校舎と並んで5号館として扱われ、略して演劇博物館、演博(えんぱく)とも呼ばれる。
會津八一記念博物館は1998年5月に開館した総合博物館である。博物館が入居する2号館はは1925年(大正14年)に図書館として建造された学内最古の建造物で、設計は今井兼次が担当、大隈講堂と共に東京都歴史的建造物第一号に指定された。会津八一が私費で収集した東洋美術資料を中心に、近現代美術、考古・民俗資料などが収蔵されている。
早稲田大学出版部
学校法人早稲田大学の出版部門で、有限責任中間法人大学出版部協会に加盟している。所在地は東京都新宿区戸塚町1-104-25。早稲田大学教員の著書をはじめ、幅広い出版活動を行っている。
1886年に『講義録』を発行し通信教育を開始したことがその起源である。『講義録』による通信教育は、大学開放(ユニバーシティエクステンション)の先駆けとなったと評価されている。当時の印刷部門は独立し、その後秀英舎と合併、大日本印刷となった。なお、1986年10月に『早稲田大学出版部100年小史』(ISBN 4-657-86027-5) が刊行されている。
研究
21世紀COEプログラム
各分野から2002年度に5件、2003年度に4件が採択された。
私立大学学術研究高度化推進事業
2007年度、理工学術院にて新規に2件の事業が採択された。
先進理工学研究科 生命理工学専攻
システム生命科学による医・理・工学の先端研究、病態解明・診断・治療に向けた医・理・工学の融合研究
基幹理工学研究科
数値シミュレーションに関する数理的研究、高信頼超並列ソフトウェア基盤研究、環境志向型材料創製研究、高機能材料デバイスとシステム開発研究
学生生活
サークル活動
不用品回収では、大学自ら「日本一である」と自称する程活発なサークル活動が行われている。2007年現在、大学公認のサークル団体は約700あり、また非公認ながら「早稲田大学のサークル」を自認し活動するサークルも多数存在する。
大学の公認を得た団体は、学生会館に部室が与えられる、活動補助金を受け取れる、新歓期に出店を設けるスペースが優先的に割り振られる、サークル名義で大学の各種施設を使用できる、といった待遇を受けられるが、会長となる教職員を確保した上で構成員が21人以上・詳細な会計報告を行うといった条件を毎年満たす必要があり、認定基準はそれなりに厳しい。そのような事情もあり、非公認のまま活動するサークルの数が多くなっている。
これら非公認のサークルの数は不明だが、2,000、或は3,000以上とする推計もある(ただし、学外での活動を主とするサークルや活動実績のないサークルも多く含まれ、大学側でも数は把握しきれていない)。「公認」の後ろ盾は無くとも学生活動の一翼を担っていることは間違いなく、「日本一」という認識はそういった状況も踏まえてのものである。なお、これらすべてを含めた学生による課外活動への参加率は7割以上と高い。[2]
また、数多くあるサークルから目的のサークルを探す手段として、『マイルストーンエクスプレス』『ワセクラ』といった学生が発行する情報誌が存在する。
主なサークル・学生自治組織
早稲田大学新聞会も参照。
早稲田大学宇宙航空研究会
早稲田大学理工学部公認サークルのひとつである。
早稲田精神昂揚会
本庄〜早稲田100キロハイクを主催するサークル。埼玉県本庄市から早稲田大学までの約100qを2日間かけて歩き切るというイベント。学生や卒業生を中心に毎年約1000人の参加がある。毎年5月に行われ、早慶戦、早稲田祭と並んで「早稲田大学三大行事」に数えられている。大学関係者からは「百ハイ」などと呼ばれる。
早稲田大学雄弁会
早稲田大学の弁論クラブである。内閣総理大臣をはじめ多くの政治家が卒業生に存在する。1884年に前身の同政会が発足し、1902年に早稲田大学雄弁会となった。
学園祭
早稲田大学の学園祭は「早稲田祭」と呼ばれ、通例11月上旬に2日間にわたり実施される。
スポーツ
学生野球ファンの間で伝統の一戦として知られている早慶戦は、硬式野球だけではなくレガッタファンの間でも「早慶レガッタ」として著名である。
早明戦はラグビーファンの間で伝統の一戦として知られ、日本国内の全ラグビー競技の中で観客数の最も多い試合となっている。
早稲田大学ア式蹴球部(サッカー)、早稲田大学ビッグベアーズ(アメフト)、早稲田大学ラグビー蹴球部、早稲田大学競走部、早稲田大学野球部、早稲田大学バスケットボール部ビッグベアーズ、早慶戦、早明戦の各記事も参照。
大学関係者と組織
大学関係者組織
早稲田大学の同窓・親睦会組織は稲門会(とうもんかい)と呼ばれる。組織によっては「校友会」ともいう。大学が本部として「早稲田大学校友会」を組織しており、その下に様々な稲門会や校友会が形成されている。なお、早稲田大学校友会を早稲田大学稲門会と紹介している書籍があるがこれは誤りである。
早稲田大学校友会は1885年12月13日に設立された。正会員は早稲田大学卒業生・教職員校友・推薦校友で、準会員は早稲田大学各学部在籍者である。早稲田大学の卒業生は「校友」と呼ばれ、卒業と同時に自動的に校友会の正会員となる。会員数は約50万人。
卒業単位の一部を他の教育機関で取得することができる。利用可能な他の教育機関としては、Fキャンパス、武蔵野美術大学、東京家政大学、東京女子医科大学、京都地域48大学・短期大学がある。また、同志社大学への国内留学プログラム、100を超える海外協力大学への1年間の海外留学プログラムなどがある。
また、慶應義塾大学、一橋大学、同志社大学とは図書館の相互利用協定を結んでいる。関西大学とも学術交流協定締結予定。
上記以外にも、サークル、大学院研究科、大学学部、ゼミごとなど、早稲田大学校友会に登録していない独自の同窓会組織も多い。また、出身地域別の現役学生親睦組織として全国早稲田学生会連盟(全早連)のもとに各都道府県別の稲門会がある。